トイレに石鹸が置かれていないことは以前は多かったのですが、最近はどのトイレの手洗い場にもきっと石鹸・ハンドソープが置かれています。
でも、今まで置かれていなかった石鹸がある日突然置かれても、今まで使ってこなかった人たちが突然使うようにはなかなかならないのではないでしょうか。
いくらその行為が必要であると知識ではわかっていても、いくらその行為をやるよう指示されても、いままでそれをやらずにいて大丈夫だったという経験は、なかなか強固な意思決定の根拠となってしまっています。
そのため、ちょっとやそっとの刺激では意思決定に影響することは難しいです。
要は、動機は何であれ、石鹸で手を洗うという動作を発生させられれば良いのです。
そこで、真っ向勝負をやめて、別のルートで攻めることにしてみましょう。
例えば、手を洗うことで素敵なご褒美をもらえるとしたら、手を洗う人が増えそうです。
別に新たにご褒美を準備する必要はありません。
手を洗うことで得られる副次的なメリットをアピールするのです。
「手がイイにおいになるよ!」
「手のアブラ落とせるよ!」
そんな子供だましな…と感じるかもしれません。
ご褒美作戦ですからね。
「男はいくつになっても子供みたい」と、結婚されていて男のお子さんのいる女性にしみじみと言われたことがあります。
「面倒だな」という気分を「良いかも!」という気分にちょっとでも変えられたら、案外簡単に行動変容を誘発できるかもしれません。
人は、ついつい自分の意見を裏付けるデータに共感し、自分の意見と異なるデータを無視しようとしてしまいます。
自分が今まで生き残ってきた過程で得た意見を、知らない人が言っている意見より重視するのは、生命の維持には有益だったのでしょう。
そのような意思決定の特徴をもったタイプの人類が現在生き残っていると言うこともできます。
なお、分析能力の高い人ほど、そのような傾向があるようです(文献)。
すでに持っている意見を変えようとするのは、なかなか大変です。
行動変容を誘発することを優先するのであれば、意識変容はひとまずわきに置いておいて、得られるメリットを伝えることは効果があるようです(文献)。
今回も、「事実はなぜ人の意見を変えられないのか」を読んで考えてみたナッジです。
Comments